「反撥」男性恐怖症から殺しに至るまで

こんばんは!
映画プチマニアの奥山昭弘です。

今日は、ロマン・ポランスキーの映画「反撥」を観ました。
まあ、すごかった!
後半ホラー的展開になるんですけど、全然予想してなかった分、かなり驚きましたー。

「反撥」
1965年イギリス
監督:ロマン・ポランスキー
出演:カトリーヌ・ドヌーブ

ブニュエルの「昼顔」との関連性

そもそも今回この映画を観ることになったきっかけは、ルイス・ブニュエル監督の「昼顔(1967)」を観たのがきっかけでした。
不感症で悩むカトリーヌ・ドヌーブ扮するお金持ちの奥さんセブリーヌが、抑圧された性を解放するべく真昼に売春宿で働くことになる、という物語。
「昼顔」は不条理というか、どこまでが幻想でどこまでが現実かわからない、さらに一番最後と一番最初がつながるという、円環的で不思議なお話でした。
せつなの感想としては、まず「シェルブールの雨傘」であんなに素敵だったドヌーブが、たったの4年でこんなに老けたのに驚きました(^_^;)

まあ、それだけすごい演技派の女優さんなんだと思います。
時間的には「シェルブール」と「昼顔」の間にあたる本作は、さらに彼女の違う面を表現しています。
ちょうど「性の解放」が世界的に謳われた60年代。
ドヌーブみたいな当時1~2位を争う美人女優も、ガンガン脱ぐ(全部は出してませんが)のが当たり前になってきた時代なんでしょうね。
「昼顔」はマゾヒストというセブリーヌの本性を描いていました。
その二年前に発表されたこの「反撥」にとても強い影響を受けたと聞き、興味を持ちはじめました。
というか、監督も全然違うのに、まるで「昼顔」は「反撥」の続編みたいな映画だというので。
「反撥」も「昼顔」も同じカトリーヌ・ドヌーブ主演で、どちらも性の抑圧について描いている映画です。
しかし「昼顔」のセブリーヌは、売春という形ですが、解放の方向に向かっているのに対し、「反撥」の主人公キャロルの方は、どんどん抑圧の方向に向かっていき、歪んでいきます。
以下、ネタバレありのあらすじです。

あらすじ
ポーランドからロンドンに移ってきて、マンションで一緒に暮らしている姉妹ヘレンとキャロル。
美容院で働くキャロルは、静かで淡々とした感じですが、美貌で男性に振り向かれる女性です。
ヘレンは妻子のいる男マイケルと不倫をしていて、毎晩キャロルの部屋に壁を通して、喘ぎ声が聞こえてきます。
男性に恐怖するとともに、嫌悪感を抱くキャロル。
彼女に言い寄る男コリンにもなかなか心を許さず、キスをされると、すぐにハミガキをして、水で洗い流すほどの嫌悪っぷりです。
ある日、ヘレンとマイケルがイタリア旅行に出かけてしまうことをきっかけに、物語は大きく動き出します。
キャロルはひとり部屋で、路上で卑猥な声をかけてきた男に襲われる妄想や、壁が急にひび割れる幻覚にとりつかれ、朽ち果てていきます。

彼女の急激な変化を心配してくれる仕事先の美容院にも、だんだんと行かなくなります。
そして反応してくれないキャロルにしびれを切らして、ドアを蹴破り侵入してきたコリンを、キャロルはとうとう殴り殺してしまいます。
水の張った浴槽にコリンの死体を沈めるキャロル。
妄想もどんどん悪化し、壁からたくさんの手が出てきたりします。

そして第二の殺人。
マンションの未払いの催促に入ってきた家主が、キャロルの生足に欲情し、襲おうとしてきます。
キャロルは一度殺しをしたので少し余裕がでてきたのか、彼を持っていたナイフでめった刺しにします。
グサッ!グサッ!グサッ!
(ヒッチコックの「サイコ」みたいなホラー映画的で、ものすごい険相!!)
容赦なく殺しきったキャロルは、態度も堂々とした感じになり、姉のヘレンに同一化したかのようになります。
壁から飛び出す手にも、さして怯えなくなります。
クライマックス。
強い雨の日、ヘレンとマイケルが帰ってくる。
(この辺の感覚が本当に起きているみたいですごい)
水死体を見つけて大騒ぎになり、近隣の家族が何人も部屋に入ってくる。
一人がベッドを裏返すと、倒れているキャロルがいる。
マイケルは失神している(死んでいるかは不明)キャロルを抱きかかえると、キャロルは恍惚な表情をしている。
そして、少女時代に家族で撮った写真がアップになって幕を閉じます。
性的虐待が残す傷痕
この作品を、どう解釈すればいいのでしょう?
最後の家族写真で、少女は誰かを強く見つめていますが、恐らく父親か誰かが、キャロルに性的虐待をしていたのでしょう。
「昼顔」もそうですし、社会のみえないところで、今も蔓延しているであろう大きな問題だと思います。
(ぼくの書く作品でも、出てきます)
子供の頃虐待を受けたトラウマを持つ主人公が、おとなになる過程で問題を持つというラインは、もはや定番のあらすじになっていますが、とてもリアリティがあるからだと思います。
キャロルがカトリックだったか言及はありませんが、キリスト教全般でも、特にカトリックで育った子供たちは性的に非常に苦労するようです。

リアルな感覚
このお話は実話ベースではないようですが、実話のようなリアリティを持っています。
だからこそ、映画と分かりつつドキドキします。
クライマックスでヘレンが帰ってきたあたりから、人が乱入してくるところまで、ぼくはまるでその場で体験しているような感覚になりました。
また、キャロルがひとりで部屋で過ごすあの幸福なんだかよくわからない、
けだるい停滞した時間。
ぼくも若い頃、激しい「躁鬱期」がありましたので、よくよく知っていて肌で記憶している感覚です。
うつ病を体験された方は、よく分かるのではないでしょうか。
演出的にすごいのが、ウサギの丸焼きや、時間が経ちすぎて芽がはえてきたジャガイモなどの描写です。
性的嫌悪や、停滞感がうまく出ています。
視覚的にもすごいものがありますが、聴覚的にも男に襲われる間機械的に流れる時計の音とか、キャロルの心理をうまく表現していると思いました。

60年代のスウィンギング・ロンドン全開の時代。
急に大音量でフェードインするドラム音が入ったりします。
カトリーヌ・ドヌーブの演技
時折キャロルは、鼻をこする仕草をするんですけど、これが神経症的で、「うわー」とくる。
ぼくも役者時代、このように仕草から役にアプローチしたりしましたが、これがやたら感覚をひっぱってくるのです。
キャロルは、声は小さくうつ病患者のよう。
前髪が顔を覆い、美容院のオーナーに「その髪なんとかしなさい」と言われる。
今でいうゴスロリの先を行ってたのかもしれませんね。
爪をかむ癖が治らないあたりも、感覚フェチを感じますが、ポランスキーの演出だったのでしょうか、ドヌーブの演技プランだったのでしょうか。

鬼才ロマン・ポランスキー
ぼくとポランスキーとの出会いは意外に早く、少年時代に忘れられない海賊映画「ポランスキーのパイレーツ」というカルト的大作がありました。
その後もデビュー作の「水の中のナイフ」から、アメリカン・ニューシネマの「チャイナタウン」、「戦場のピアニスト」等の代表作を観てきましたが、一本だけ無意識的に避けていた作品がありました。
「ローズマリーの赤ちゃん」、、、
普段ホラーだけは観ないせつなですが、タイトルを見ただけでぞっとします(>_<)
「反撥」も先に書いたように、ホラーっぽいとは思っていませんでした。
しかしスプラッター的な殺し方といい、ホラーと言ってもいいくらいです。
ポランスキーは鬼才だけあって、かなりの経歴を持つ監督です。
少年時代には、ナチのホロコーストを体験して亡命しているし、「ローズマリー」の後には、カルト集団に奥さんを殺されている。
さらに自身もアメリカで少女に性的虐待をしたとして有罪になり、その後ヨーロッパに亡命して、その後アメリカに足を踏み入れていない。
事件だけを見てその人を判断できませんが、すごい経歴ですよね。
飛びぬけた才能があるということで仕方ないのでしょうか。
最近の作品も是非チェックしてみたいですね。

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