普通である勇気

こんにちは。
Self-floweringの奥山昭弘です。

今日は夢に向かって走っている中で
多くの人が無意識におちいってしまうこと
についてお話しようと思います^^

それは

普通ではいけない
特別でなければいけない

という思い込みです。

 

どうしてこれを書こうかと思ったかというと、

まずぼくがこの罠にガッツリハマってた人なので
人一倍分かるのと(^_^;)、

セッションしている中で、本当にこの思いにとらわれてる人って多いなと思ったからです。

しかも無意識だからとても気づきにくい!

でも無意識にへばりついてる思いだからこそ、
取るのは難しいけど、取れたらとっても楽チンになります♪

今日はそんな心の宿便について見ていきましょう!

 

今の日本で教えられる学校教育では、
矛盾した二つのメッセージをはらんでいると聞いたことがあります。

一方では「みんなと同じでいいですよ」(競争してはいけませんなど)=社会主義的
もう一方では「みんなと同じではいけません」(競争に勝たないといけません)=資本主義的

学校を卒業して、社会に参入すると、じぶんの中で
「本当は人に勝つことに興味なんてない。でも勝たないとやっていけない」
などと思い、引き裂かれるように感じたことはありませんか?

人が育っていく過程で起こること

人間の赤ちゃんは動物と違い、じぶんひとりで歩くこともできないような
完全に誰かに面倒を見てもらわなくては生きていけない状態で生まれてきます。

それは親・子供、双方にとってを体験するための重要なプロセスだと思いますが、
「じぶんひとりでは生きいけない」ことを本能的に知っている子供は、
自然に母親の判断基準にあわせていくことを覚えます。

お母さんが喜んでいれば、子どもは平和ですし、
お母さんが怒っていれば、子どもにとっては地獄です。

そこにまた兄弟でもいれば、さらに熾烈な競争が始まります。

普通でいてはお母さんの愛情をもらえない!!

これは子どもにとっては死活問題です。

必死になっていろいろ体験していくうちに、それぞれの突破口が見つかってきます。

「みんなの面倒をみていれば、愛される」
「わがまま言わなければ、愛される」
「ぐずぐず言ってたら、かまってくれる」
「トラブルを起こせば、こっちを見てくれる」

こうして子どもは自分のキャラと価値観を身に着けていきますが、
それは自我を確立するためにとっても大切なことである一方で、
もう一人の自分を見失っていきます。

普通であってはいけない

どんなキャラになって、どんな価値観を見つけようと、
裏にあることは共通しています。

じぶんは未熟なので「なにかが足りない」という欠乏感

外から「愛情をもらわないと生きていけない」という不足感

自我=頭というのは傲慢ですから、
客観的にみれば自分一人で生きていけるわけないのに
「そんなことねーよ。おれは一人で生きていけるし、誰の世話にもなってない」
なんて思い込んだりもしますけど、
(↑昔のじぶんはこうでした。。)

この欠乏感は自分の影のようにつきまとい、
普段気づいていなくても、ところどころで顔を出してきます。

それは体的に子どもを卒業しても、
社会の中で、人間関係の中で続いていきます。

有限である人の愛を手に入れるためには、
特別でなくてはいけないと、みんな思い込んでいるのです。

嫌でも競争しなくてはいけません。

例えば「お金」や「異性の愛」なんていうのは顕著ですよね。

自信がなくても、背伸びしてでも、
自己アピールして、人に好かれようとして必死になりますが、
ふと気がつくとどっぷり疲れてしまっている自分に気づくでしょう。

このような思い込みが、多かれ少なかれ、人の中にはあります。

それはまったく悪いことでも、怖いことでもないので、
しっかりじぶんの思いを感じてあげてください^^

それをあなたの心は、心から望んでいると思います。

普通であるじぶんを受け入れられた時

Self-flowering(自己成長)の基本にあるのが、
無意識の意識化です。

意識には「意識(顕在意識)」と「無意識(潜在意識)」しかありません。

もともとはひとつだったけれど、二つに分かれてしまったものを、
元に戻してあげるのです。

しかしこの過程がなかなか難しいのは、はじめフィーリングとしてやってくるからです。

例えば
「人より個性的だと、人に注目を浴びて、自分に価値がある(愛されてる)と感じられる」
人がいるとします。

彼は個性を発揮できて、みんなに注目を浴びていると、平和でいられます。

しかしある場にもっと個性的な人がいて、みんなの注意がそっちに持って行かれると、
「やばい!!」というフィーリングでピンチを感じます。

彼は彼特有の条件反射で、ライバルよりも目立ってやろうと頑張ったり、
「バカじゃねーの!本当はおれの方がすげーよ!」と心で思ったりして、
自分の尊厳を守ろうとします。

なかなか自分を俯瞰してみるって難しいですよね。

もし第三者がよかれと思って、外から見える風景を伝えてあげようとすると、
彼は自分のプライドを守るために、怒ったり自己主張したりして「反応」するかもしれません。

それは仕方ありません。

自分の見えないところに、「愛されていない自分」がいるから、
必死にそんな自分を守ろうとしているのです。

じぶんの無意識(心)に光をあててあげるようになって、
はじめはそんな強烈な反応を体験する人が多いです。

それでも辛抱強く愛情を注いであげていると、
だんだん無意識は心を開いてきてくれます。

自分の弱さを知っている人ほど、本当は強い

とよく言われますよね。

自分の弱いところは、他人もしくは自分にさえ知られてしまっては
「やばい」と無意識に思ってしまっています。

「こんなこと人に言えるはずないよ」と薄々でも自覚できてたらまだいいですが、
まったく無自覚なことっていっぱいあります。

それでも影に辛抱強く光をあてていると、
影のものが明るみに出されるとき嫌なフィーリングを感じるものの、
それは次第に薄れていき、
自分の意識(光)のスペースが広くなり、自由さを感じるでしょう♪

弱い人が強いというのは、こういう理由からなんですね。

じぶんが弱いことを知っている
それでも生きられることを知っている
人にたよってもいいことを知っている
たよりっぱなしじゃなくて、自分ができることをしてあげられることを知っている

何よりもじぶんの中にある愛情、欲求に気づいていて、
人が存在してくれている有難さ、人にしてあげられることがあることの喜びを知っている

そこまでいくと、目の前がどんな状況であれ、世界は天国のように感じるし、
どんな困難にも乗り越えられる強さを身につけていることでしょう^^

そしてそこへ行く関門が、普通である勇気だと思います。

「特別でなくてはいけない」
いやそうではなくて、主体的に「おれは特別になりたいんだ!」
と感じていましたら、

いったん一歩引いてみて、

おれは「普通である自分にOKを出せるかな?」と
確認してみてください。

「普通である自分」を受け入れることができると、
本当の個性というものが浮かび上がってきて、
逆説的に無理なく「特別な人」になってしまうものですよ!

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