不食という生き方

今年のゴールデンウィーク10連休、7日目になりましたが、かなりゆったり過ごせてるなって感じてます^ ^

人と会うイベントを満遍なくスケジューリングしていたので、人と会うのも、一人で過ごすのも、バランスよくいけてる!

あまり会えない友達にも会えたし、「寝ても覚めても」観れたし、令和を迎えられて神社にお参り行けたし、部屋の掃除もできたし、岩盤浴も行けたし、セッションもできたし、昼寝もいっぱいできたし🎵

その中でもグサリと向き合わされる大問題もありました。

具体的には、ワークショップに人が来なかったらどうしよう?という不安の裏に、根強くある存在の無価値観があり、頭がフリーズする感覚になってしまったんです。

このフリーズ感って、言ってみれば、頭を棍棒で殴られた感覚で笑、ある一定期間どうしようもない言語的領域を超えた空間に引きずり込まれる感覚です。

ユング的に言えば、個人的無意識内にある「コンプレックス」という自我に属していないトラウマのようなものであり、なにかのトリガーでこいつが「布置」されると、一定期間自我は何もできなくなるのです。

嗚呼、ここまでいわば意識と無意識のお掃除をしてきたのに、まだまだゼロにならないんだなと思い、インナーチャイルドが癒えきれてないのではと思い、せっかく目の前に時間の余裕があるので、いっちょ向き合うかということになった。

とりあえず書店行って、ヒントになる本買ってきて、なんらかのワークしようと思って行ってみた。

はじめの目当ては、リズ・ブルボーの「5つの傷」という本だった。

しかし立ち読みしたところ、なんだか「エゴ」をバツにするような姿勢になんとなく気が重くなり、手放した。

そこで出会ったのが、この本

不食という生き方

 

 

 

 

 

 

ぼくもあったことのある飲食をまったくしないでプラーナだけで生きてるブレサリアン、不食の人が書いた本だ。

「食べない方がいい」ではなく「食べなくてもいい」

春分の日から、断食用の酵素ドリンクを買うようになり、一日二食からはじめ、一日一食になりました。

と言うのはかっこいいですが、実際は一食と二食を行きつ戻りつ、今のぼくの現在地は、酵素ドリンク&具なし味噌汁付きで、一日1.5食という感じだと思います。

それって本当に体が求めてるの?と言った時に、100パーセントそうだとは言い切れません。

一日一食の次の日は、とても体が軽く、それにつられて心もかなり軽く、直感がバンバンきます。

この心の状態が好きなのです。

そのため頭がある程度強制して、体をそっちに行かせてる感は否めません。

それに気づきました。

秋山さんは、「食べない方がいい」ではなく「食べなくてもいい」という感じだと言いますが、ぼくはまだまだ「食べない方がいい」のレベルです。

それを受け入れてます。

そして心がリラックスすればするほど、食が必要なくなり、プラーナ=気から栄養を摂取できるようになりそうです。

ぼくは意志の力である程度まで持っていってしまえるところがあるので、気をつけようと思ったー。

ゆっくり行きつ戻りつ、1.5食から1食、1食から0.5食と進めてきたいと思います^ ^

とにかく食べなかった後って気持ちいい!!

3年前、1週間断食が終わった後の奇跡の2週間が忘れられません🎵

この本の感想は長くなりそうなので、何回かに分けるとして、

先ほどの「ワークショップに人が来なかったらどうしよう?」という不安の件に戻ろうと思います。

今感じてる直感だと、ぼくのその不安(つまり裏にあるじぶんの無価値観)がなくなるか、少なくとも減ったとき、不思議と人が集まるような直感がしています。

どこかで「来てくれ」とか、「価値を分かってもらうために伝える」という強制感が出てるんだと思います。

じぶんにやさしく、相手にやさしく。

強制的にじぶんを変えるのではなく、静かにゆっくり癒したい、そう思いました^ ^

そうすると、心がやさしく流れはじめて、泣きそうになります。

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