「万引き家族」是枝裕和/人は一人一人は力が弱いけど、みんなが力をあわせれば強くなる♯6人生を学べる映画

こんばんは。
Self-floweringの奥山昭弘です。

 

今週末は、カンヌでパルムドール(最高賞)を取った「万引き家族」を観に行ってきました!!

以前はぼくも「社会問題」をとりあげていたり、「ドキュメンタリータッチ」だったりするカンヌ受けする映画が大好きでしたが、最近はぼくは映画史をたどる旅にでており(笑)、古い映画ばかり観てたので大変ごぶさたでした。

でも今回、日本の作品がパルムドールを取った!と聞き、さらにそれがぼくの好きな是枝監督の作品だということで、観に行かない理由が見当たりませんでした!

 

今回は(も?)、観終わってすぐの感想と、メイキングや他の人のレビューを観た後で出てきた感想が、大きく変わったのがとても面白かったです。

 

このブログを書いてから、ただ面白かったとかつまんなかったではなく、何度も何度も

この作品は本質的には何を言わんとしてるんだろう?

とか

どの視点からみれば一番しっくりくるんだろう?

とか、絵をいろんな角度からグルグル回して観るように考察するようになったので、個人的にもとてもレベルアップしたと思います^^

ブログ効果出てますね♪

 

「万引き家族」
(2018年日本)
監督:是枝裕和
出演:リリー・フランキー
安藤サクラ、樹木希林、松岡茉優

 

「万引き家族」は、年金暮らしのおばあちゃんや、社会でまともに生きられない大人たちや、心に傷を持った人、家で虐待にあったり捨てられたりした子供たちが、身を寄せ合って、万引きとかをしながら生きている疑似家族のお話です。

webを検索してみると、「万引き」という単語だけで、「こんな犯罪を扱った作品がカンヌを取ってしまうなんて、日本人として恥ずかしい」とか、逆にこっちが恥ずかしくなるような反響があったみたいですね(汗

「うーむ。。」と、表面しか見ないのが当たり前になってきている世間の状況になんとも反応することができませんでした。

 

テイストとしては、13年前の大傑作「誰も知らない」によく似ていました。

「誰も知らない」はお母さんに見捨てられた子供たちが子供だけで生き延びていくお話でしたが、今回の「万引き家族」はおばあちゃんや大人たちも参加します。

また今回も、実話を下敷きに作られた話だということです。

 

今回はカンヌで受賞したこともありますが、内容的にも是枝監督の集大成的作品になったようで、彼の作風である「ドキュメンタリータッチ」と、映画評論家の町山さんが言うのは「落語的?」なものの両方が混じりあっているようです。

大真面目に社会問題に対して真向から向き合いつつ、クスって笑えたりもする感じです。

 

心でつながる疑似家族

それでは簡単なあらすじを書いていきますね。

今回は重要な部分のネタバレは極力しないように頑張ってみます!

 

東京の下町の古い一軒家に住むおばあちゃん初枝の家に、数人の人たちが同居しています。

工事現場で働く中年のおやじ治と、クリーニング店で働く妻の信代、ライトな風俗店で働く亜紀、それと小学生くらいの少年祥太。

彼らは血がつながっていません

どんなつながりかは、後になって分かるのですが、それでもどうあれ、うだうだ言い合いながら、肩を寄せ合って一緒に生きています。

治は祥太に万引きを教え、二人はチームプレイでスーパーで万引きをします。

そして取ってきた獲物を家に持って帰って、みんなでシェアするわけです。

彼らの生活費は、おばあちゃんの微々たる年金と、彼らが働いて稼いでくるちょっとしたお金しかないので、万引きは彼らにとって「収入源」のひとつになっています。

 

ある日治と祥太は帰り道、冬空の下でベランダに出されている幼い少女を見つけます。

前にもその子を見たことがあるようで、治はかわいそうになりそのまま連れ帰ってきてしまいます。

「ゆり」ちゃんと名乗る女の子で、体に傷がいっぱいあったことから、虐待を受けていることが推測されます。

一度は家に戻そうとした治と信代でしたが、家の前まで行くと大声でののしりあう声が聞こえ、結局連れ帰ってきてゆりもみんなと一緒に住みつくことになります。

そんな感じで物語は、様々なエピソードを挟みながら進んでいきます。

治は「何かの役に立った方がゆりも家に居やすい」と言って、ゆりに万引きの手伝いをさせるけれど、それによって祥太は複雑な気持ちになったり、そもそも万引きはしてもいいものなのかと考えるようになったり。

ゆりはどんどん家に馴染んできて、信代をはじめみんなにとっていなくてはいけない存在になってきたり。

おばあちゃんは亡くなった昔のだんなの家からお金をもらっていたり。

風俗店で働く亜紀が常連のお客さんと、お互いの傷をなめあうように抱きしめあうシーンがあったり。

 

途中、亜紀が治に「信代さんといつつながってるの?」と聞く場面があり、

おれらはここ(下半身)ではなく、ここ(ハート)でつながってるからよ

と答える場面があります。

その後下半身でもつながる場面がありますが(笑)

ではなく、でつながるというのが、この作品のポイントとなっています。

そして終盤、みんなで海に遊びに行って、キズナが深まった次の日、ある大きな出来事が起き、この疑似家族は崩壊へと向かいます。。

 

社会の側から見えた視点

まだまだ公開中の作品で、これから観に行く方もいると思いますので、この辺であらすじはやめておきますね。

友達と観に行ったのですが、その後映画館の下にあるベローチェで例によって感想をシェアしあいました。

 

ぼくの第一感想は、今自分がいる「立ち位置」から見えた景色でした。

まず大きかったのが、13年前に「誰も知らない」を観たときの自分との違いを強く感じましたね。

あの頃はもっと近くに彼らを感じていて、 「共感」があって、

「そうだよな。つらいよな。こうやってかないと生きていけないよな。 当然だよ」

があったけど、今はもっと客観的に、「人を弱者にさせやすい社会」という実感と、(大人の方の主人公達が)その弱者に進んでなっているように見えて、

「人間本気になればやっていけるのに」

と、 みずから被害者を選択して乗り越えようとしない人たちの批判までいかないけど、事実を客観的に目撃した感じになりました。

感覚的には、悪いことして捕まった人がいたとして、 「更生する人」と「再犯する人」の違いというか。

同じ条件状況になれば、自分もまた彼らと同じような行動取ると思うし、

「ものを取っても店がつぶれるわけじゃないし、 働きたくても働けない社会環境とか、働いてもほんの少ししかお金もらえないんだから、 別に仕方ないよ」

という自分の立ち位置からみた「自己正当化」を採用して生き延びると思う。

人間ってそういうものだと思うから、共感心も少しはあるけど、少し突き放した感じで観ていたと思います。

(そしてだいたいこうゆう感想が、おそらくこの作品を批判的にとらえる多くの人の意見ではないでしょうか)

 

これはぼくが今社会で生きてる中で思うことなのですが、たとえば医者が簡単に「うつ病」の診断をして、会社からお金をもらいつつ休養を取ることができたり、生活保護を簡単にもらえたりすることによって、本当はやれる人たちの逃げ場を作って、逆に自由ややる気を奪っているのではないかという実感からきています。

あと、昔は若干自分もアウトローなところがありましたが、今はまともに(?)会社に勤めて社会生活を送っていて、えらそうに「甘えるなよ」と言いたくなる気持ちも、恥ずかしながらあるようです(^_^;)

会社はどうしても上下の立場があり、言いたいことを言えないし、とてもストレスを感じている。

「その中でもなんとかやってるんだよ!」と叫びたくなる自分の心と、そんなこと言ってる小さな自分にとても恥ずかしい気持ちがまじっております。。

 

ただ特にこのブログを書き始めて、「食べ終わった時の感想」と「咀嚼して排出した後の感想」が大きく変わるだろうなということは予測していました。

帰りの電車と帰ってから、いくつか評論家さんや一般の人のブログを読んでみて、絶賛派と反対派の意見を確認しました。

さらに大きかったのが、メイキングがyoutubeにアップされていたので、観てみたことです。

そしたら、なんていうか、特に是枝さんの社会の底辺にいる人たちへの温かい視点を感じて、自分の立ち位置から観た「考え」ではなく、 動物として生のエネルギーとして「愛」を感じたんですよね! !

これは「考え」の及ばないたとえば人に抱きしめられたり、ものすごくつらい時にあたたかい言葉をかけられた時の感覚です。

それとまた「是枝組」が本当に本当にあたたたかいみたいで、映画と同じくみんなで肩を寄せ合って鍋を囲むような美しさを感じました。

ぼくもいくつか映画の現場に参加させてもらったことがありますが、本当に組によってカラーがさまざまで、誘われてもここにはもうあまり行きたくないなと思ってしまう組が、正直ほとんどでした。

でもこれを観たら、いつか是枝さんとお仕事したいなと思いましたし、自分も「せつな組」か「Art cultivator組」か分かりませんが、こういう場を作っていきたい!!と強く思いましたね。

安藤サクラさんもメイキングの中で、「自分は緊張しいだけど、是枝さんの現場では全然感じなかった」と言っていました。

 

来月からぼくも「日常で活かせる演劇ワークショップ」を一年ぶりに再開しますが、人と人が本当の意味でつながれるWSを創っていきたいと思いました!!

 

みんなで肩を寄せ合いながら創る世界

そんな本能的なあたたかみを感じた後は、作品をより温かい視点で観ることができました。

是枝監督は、カンヌでのインタビューで、「社会の中で見過ごしてしまいがちだったり、目をそむけてしまいがちの人たちを、どう可視化するかを意識して創ってる」と言っていました。

人は一人一人は力が弱いけど、みんなが力をあわせれば強くなる

そうやって人間は生き延びてきた。

映画に出てくるスイミーの理論です。

これって本当そうですよね。

社会ができる前、原始時代はそうやって人間、力の強い動物たちから自分たちの身をみんなで守って生き抜いてきたんですもんね。

社会のルールや常識にがんじがらめになっている現代人の心をほどいて、もっと生命の根本に戻って、新しい仕組みを創っていきたいです!!

 

ぼくは最近40を超えて、めちゃダイレクトに孤独を感じるようになって、「人のために生きたい!」「自分のためだけに生きるのは苦しいし、虚しい!」という人間としての本質を強く感じるようになった。

たぶんみんなで生き抜いてきたご先祖様から続くDNAがそう感じるようにできてるんだと思う。

もちろん自分自分になりやすい今の「個人主義的」な社会構造の中で生きている訳だけど、その中でも人と人のキズナを忘れず、どんなに社会の底辺にいても力をあわせて生きてる人たちがいることに勇気づけられました。

 

今ぼくの周りには、「Art cultivator」のメンバーをはじめ、この映画で描く「キズナ」を大切にしてる友達だけがなぜか残っている。

みんなが互いに活かしあう「インディアンの村」を創っていきたいという友達とか。

でも人と人は近づきすぎると、考えと考えがぶつかるという悲しい現実が嫌で、いい感じに距離を調整しながら付き合ってる自分がいる。

でもそこにある「考え」ではなく、その前にある「エネルギー」を感じて、みんなで創ることの素晴らしさとか、温かさとか感じていきたいな、って思いました。

 

「万引き家族」は、そんな社会の底辺で、
弱いながらもキズナを忘れずに生きている疑似家族のお話でした。

作品を観られたら、是非感想をコメントしてくださいね♪

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